■尾山神社

金沢市街地のビジネス街の真ん中にある尾山神社。近いので初詣には良く行った。改めて見ると結構立派な神社だった。一応ここも金沢の観光スポットね。

●尾山神社の歴史

尾山神社の入り口

慶長4年(1599年)前田利家が没すると前田利長は、その霊を祀ろうとしたが、公然と祀るには憚るところがあったので、越中国射水郡の式内社物部神社(現 富山県高岡市東海老坂)に併祀されていた八幡神を勧請して金沢城の東に卯辰八幡社を建て、ここに合祀した。この神社は、幕末になると藩の財政が乏しくなり荒廃が目立つようになった。明治時代になって、1872年(明治5年)に教部省出仕加藤里路(元金沢藩の権大属・宣教掛で、のちに尾山神社の社司)と石川県参事桐山純孝が新たに藩祖を祀る神社を建てる計画をする。旧藩臣が集まり前田土佐守家の前田直信が代表になり明治6年金沢城の金谷出丸の跡地に新たに建立することとなった。元の卯辰八幡社は、明治11年、宇多須神社となっている。

1873年(明治6年)3月に政府より神社創立許可が出て、同月14日に創建し、社号を尾山神社とした。同月30日に、明治4年7月卯辰山天神社に一時的に遷座していた神像を尾山神社に遷座した。11月16日にはときの県令内田政風を始めとする官吏が参列して、卯辰山八幡宮より神霊遷座が行なわれた。当初、社格は郷社に列格され、翌年に県社に昇格する。

1873年(明治6年)11月には前田家当主前田斉泰の子の少教正・大聖寺藩知事前田利鬯(としか)が説教を行なっている。次々と境内施設が整えられていくなか、1875年(明治8年)11月に特徴的な神門が造立されることとなる。この神門は長谷川準也・大塚志良により計画され、長谷川家出入りの大工・津田吉之助によって建てられた[1]。1879年(明治12年)7月には前田利長・前田利常が相殿に祀られる。同年9月には歴代藩主を祀る境内摂社として金谷神社が創建される。

1874年(明治7年)3月に石川県中教院が設置された。同年5月1日には中教院神殿の祭神4柱(造化三神・天照大神)の鎮座式が前田利鬯を祭主として県令・県下神職僧侶参列の上で行なわれた。

1902年(明治35年)4月26日、長年の昇格請願運動が実り、米沢の上杉神社と同時に別格官幣社に昇格している。7月3日-5日には昇格慶賀祭が行なわれた。

 

 

あれ? 入り口にアムウェイが・・・ アムウェイも店を出すのね?・・・

尾山神社の入り口にあるアムウェイ

結婚式でもやってるみたいだった。

尾山神社の鳥居

鳥居をくぐって階段を登っていくと・・・ この門見たいのが独特だ。

尾山神社

門みたいなものをくくると広い境内。

尾山神社の本殿全景

尾山神社の本殿・拡大

芽の葉くぐり?

尾山神社・芽の輪くぐり

くぐって。

尾山神社・芽の輪くぐり

お参り。とりあえず健康を祈願する。

尾山神社・なぜか看板が逆書き

帰ろうか?

尾山神社の帰り道

尾山神社

尾山神社の銅像

尾山神社

お幸せに・・・

尾山神社・結婚式

尾山神社の結婚式

 

Update 2014/10/01  Visit 2014/07/05

 

 

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